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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)219号 判決

第二一九号控訴人・第二三〇号被控訴人

(第一審甲事件原告・乙事件被告)

沖繩振興開発金融公庫

右代表者副理事長

久場政彦

右訴訟代理人

宮原功

須田徹

第二一九号被控訴人・第二三〇号控訴人

(第一審甲事件被告・乙事件原告)

沖繩県鰹鮪漁業協同組合

右代表者理事

眞喜屋恵義

右訴訟代理人

戸田等

第二三〇号被控訴人

(第一審乙事件被告)

株式会社琉球銀行

右代表者

崎浜秀英

主文

一  第二三〇号控訴人組合の控訴に基づき、原判決第一項ないし第三項を左のとおり変更する。

(一)  静岡地方裁判所が同庁昭和五〇年(ケ)第三五号船舶任意競売事件につき作成した原判決別紙配当表中、控訴人組合に対する配当額金二〇、七八八、五八八円を金二〇、一三八、八四七円に、被控訴人公庫に対する配当額金九、一四八、〇八五円を金一〇、三五九、七九八円に、被控訴人銀行に対する配当額金五六一、九七二円を〇円に、各変更する。

(二)  被控訴人公庫及び控訴人組合のその余の請求を棄却する。

二  第二一九号控訴人公庫の控訴を棄却する。

三  訴訟費用中、沖繩振興開発金融公庫と沖繩県鰹鮪漁業協同組合との間に生じた分は、第一・二審を通じて二分し、その一を前者の、その余を後者の負担とし、沖繩県鰹鮪漁業協同組合と株式会社琉球銀行との間に生じた分は、第一・二審を通じて全部後者の負担とする。

事実

一  以下、事実・理由を通じ、三当事者をそれぞれ「公庫」「組合」「銀行」と略称することとする。

二  公庫訴訟代理人は、第二一九号事件につき、「原判決中、公庫の敗訴部分を取り消す。静岡地方裁判所昭和五〇年(ケ)第三五号般舶任意競売事件につき作成された配当表(以下単に「本件配当表」という。)中、組合に金二〇七八万八五八八円を配当する旨の部分を取り消し、これを公庫に配当する。訴訟費用は第一・二審共組合の負担とする。」との判決を、第二三〇号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。

三  組合訴訟代理人は、第二三〇号事件につき、「原判決中、組合の敗訴部分を取り消す。本件配当表中、公庫に九一四万八〇八五円、銀行に五六万一九七二円を各配当する旨の部分を取り消し、これらを組合に配当する。訴訟費用は、第一・二審とも、公庫・銀行の負担とする。」との判決を、第二一九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

四  銀行は、その代表者又は訴訟代理人において本件口頭弁論期日に出頭しなかつた。

五  〈証拠関係省略〉

理由

第一甲事件について

当裁判所もまた、組合が本件船舶に対して補給した燃料油、食料等の代金のうち、一九五七万六八七五円については組合が本件船舶の上に先取特権を有すると判断するものであつて、その理由は、次に付加するほかは、原判決理由第一(原判決一一丁表八行目から二〇丁表末行まで)の説示と同様であるから、ここにこれを引用する。

(船舶先取特権の範囲についての補説)

商法八四二条六号の適用について考える。同号の船舶先取特権は、船籍港外において船舶に対して燃料油等を供給することによつて生ずる燃料油売掛代金債権等航海継続の必要によつて生じた最小限度の債権については船主の陸産に対する執行が困難であり、かつ右債権は広い意味で当該船舶の保存費の性質を有し、船舶について債権者共同の利益に役立つということで認められたものである。ところで、船舶先取特権はなんらの公示方法をとらなくとも登記ある船舶抵当権に優先するのであるから、その範囲はなるべく厳格に解すべきものであるし、また、昭和五〇年法律九四号により商法六九〇条が改正され、六九一条以下が削除されて、船長がその法定の権限内において為した行為によつて船主に生じた債務についてのいわゆる委付主義が捨てられたことも、右改正後における商法八四二条六号の適用を制限する方向を指し示すものといえよう。けだし、例えば、船長が船籍港外において航海継続のため必要な燃料油を購入したとして、その売主の債権は、六九〇条の改正前と異なり、委付主義による船主の責任制限にあうおそれはなくなつたのであるから、他方においてそれが先取特権によつて保護される必要性はそれだけ減じたといえるからである。しかし、本件債権は右改正法の施行前に発生したものであるし(昭和五〇年法律九四号附則一、二項参照)、また、そもそも八四二条六号の文言自体は改正されずに現存するのであるから、右の故に、航海継続の必要に因つて生じた債権に対する同条号の適用を曲げることはできず、実質上船主の債権者の共同の利益のために生じたと認められる以上は、同条号が適用されて先取特権を生じるとみるほかない。

問題は、同条号にいわゆる「航海継続」の意義である。同条は本来、港から港への船客ないし積荷の運送を目的として航行する商船に関する規定であると考判旨えられるけれども、船舶法三五条によつて商法の規定の準用をみる漁船の場合、同条号の解釈に漁船の特殊性が反映するのは当然であつて、出港後直ちに次の港を目指すのでないから、船籍港を出港したあとの外洋に泊しつつ漁獲に従事する、いわゆる漁撈操業の期間も同条号の「航海継続」にあたると解すべきである。このように解する結果、一航海が一年に及ぶ長期間というためもあつて、そう解さない場合に比して同条号の適用を受ける債権額が著るしく増加し、先にみたような同条号の制限的解釈の方向とは背馳するかの如き外観を呈することは否定できないけれども、同条号が漁船にも準用をみる以上、制限的解釈の一般論を以て漁船の特殊性に由来する債権を排除することは相当でない。

第二乙事件について

一組合の公庫に対する請求について

請求原因1項、2項、3項(一)の各事実については当事者間に争いがない。請求原因3項(二)については右甲事件理由引用部分中二及び三ノ(原判決一一丁表九行目から一九丁裏一行目まで)と同様の理由で、金一九五七万六八七五円についてのみ船舶先取特権を有する債権というべきである。

従つて、配当表中公庫に対する配当額についての組合の異議は理由がないというべきである。

二組合の銀行に対する請求について

(1)  原審及び当審を通じ、銀行は適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論に一度も出頭せず、答弁書その他の準備書面の提出もしないので、組合主張の請求原因事実を争わぬものと認め、これを自白したものとみなす。

ところで、請求原因3(二)のうち、組合主張の各債権が本件船舶上に先取特権を有する債権であるとの主張は、事実についての法律的評価あるいは法規の解釈適用の問題であつて、裁判上の自白の対象とはならないから、この点については擬制自白は成立しないというべきである。

よつて案ずるに、本件船舶がインドを主な漁場として刺身用鮪の漁獲に従事し、本邦を出港してから本邦に帰港するまでの漁獲期間が約一年にわたる遠洋鮪漁船であることは、本件口頭弁論の全趣旨によつて認められるところ、このような遠洋鮪漁船について商法八四二条六号の「航海継続」を論ずる場合には、本邦を出港し、遠洋で漁獲に従事し、本邦に帰港して水揚げするまでの間の航海を継続するため必要な最小限度の諸経費が考えられるべきもので、最後の停船港から本邦に帰港するまでの航海に必要な諸経費に限られるべきでないことは、甲事件に関する判断において説示したとおりである。

(2)  そこで、進んで、組合主張の個々の債権について検討するに、これらの費目の中には、あるいは日かつ連(これが訴外日本鰹鮪漁業協同組合連合会の畧であることは弁論の全旨から明らかである。)取扱料(原判決添付別表4(8))とか、現金前払(同6(1))とか、標目の記載が簡単で、出捐の詳しい性質を明らかにするためには更に証拠を調べることを必要とし、その結果によつては航海継続の必要に因つて生じたことを否定すべきものもありうること、先に甲事件に関する判断で示したとおりである。

しかしながら、本件においては、組合主張の事実は銀行によつて自白されたものとみなされるのであるから、これに関して証拠調の結果を認定に用いることは許されないというべきである。

前示のとおり、組合主張の各債権が本件船舶の上に先取特権を有する債権であるか否かについては、擬制自白を云々すべき限りではないが、請求原因3(二)には本件各債権が本件船舶の航海の途中補給によつて生じたものであるとの主張が含まれており、この事実については擬制自白が成立するというべきであるから、結局、本件各債権は本件船舶が本邦(船籍港)を出港してから本邦に帰港するまでの一航海の間の航海継続のための必要経費であるとの組合の主張につき銀行が自白したものとみなされることになる。先に例示したような標目の記載の簡単な費目も、それが必要経費であるとの組合の主張が主張自体失当として排斥しうるものでない以上、その出捐の詳しい性質を明らかにするまでもなく、航海継続のための必要経費として判断の資料に供されるべきである。

右の見地に立つて、主張自体失当というべきものを検すると、別表1ないし3の各債権は、その積込年月日及び積込港の記載と積込内容の記載とから、本邦を出港する際の燃料油等の仕入れ代金であつて、本件船舶が新たな航海を開始するための必要に因つて生じた債権ではあつても、前記の意味での航海継続の必要に因つて生じたものとはいえないことが明らかであるから、これに相当するといえるが、そのほかには主張自体失当というべきものはない。従つて、原判決添付別表4ないし16記載の各債権(合計金額二三九四万七三八四円)は、組合と銀行との間においては、すべて本件船舶の上に先取特権を有するものとして取り扱われるべきである。

(3)  よつて、銀行に対する配当額についての組合の異議は理由があり、右五六万一九七二円は組合に配当することとする。

第三結び

以上を総合すると、甲事件においては、組合への配当額二〇七八万八五八八円から一二一万一七一三円を減じ、これを公庫への配当額九一四万八〇八五円に加えるべきであり、乙事件においては、銀行への配当額五六万一九七二円を取り消して、これを組合への配当額に加えるべきである。従つて、組合、公庫、銀行への配当額はそれぞれ、二〇一三万八八四七円、一〇三五万九七九八円、〇円となるので、配当表を右のとおり改めることとする。

よつて、公庫の控訴は理由がなく、組合の控訴は、公庫に対する部分は理由がないが、銀行に対する部分は理由があり、請求が認容されることとなる。よつて、訴訟費用については、民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する次第である。

(鈴木重信 倉田卓次 高山晨)

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